今回から全身運動に入っていきます。全身運動を行うことで全身の筋肉と神経を連動させて、頻繁に繰り返し負荷をかけることで、身体を意識して動かす感覚を素早く身につけることが出来ます。自分の身体を自分の意思通り正確に動かすのは案外難しく練習が必要ですが、ダンベルなどの単関節運動とは違って、ランニング等の全身運動は絶え間なく全身の筋肉を動かし続けるので、経験の頻度が高く、より早く筋肉と神経細胞の連携を習得することが出来ます。ここではそのひとつ手前の「準備運動」や「ウォーミングアップ」について解説します。ウォーミングアップが筋肉の可動域や怪我の防止に役立つのは有名な話ですが、実際のところ準備運動はどんな種目をどの程度行うのが適切なのでしょうか。時間を掛けすぎても運動前に疲労してしまいますし、まったく準備をしないのも危険ですので、その丁度いいポイントとウォーミングアップのメカニズムを探っていきます。

ウォーミングアップの目的と運動強度

ウォーミングアップの目的は先述のとおり、トレーニング(スポーツ)時のパフォーマンスアップと怪我の予防にあります。この記事を読んでいる方のなかには、「スポーツを志しているわけではないので、ボディメイクが出来ればよく、身体能力やパフォーマンスを高めたいとは思わない」と感じる方もいらっしゃると思います。お気持ちはよく理解できるのですが、実際のところボディラインと身体能力はとても大きな相関があります。もしもあなたがスポーツジムに通ったことがあるなら、こんな人を見かけたことがあるかもしれません。毎日、スポーツジムに来ている方で1時間、2時間とランニングをしている人が一年、二年と経ってその運動を継続していてもボディラインが変わっていない、ということがあります。ランニングでなく、カロリー消費の多い「水泳」においても同じ現象があります。これは最新のトレーニング科学では明確に提言されており、「ボディラインの変化は、トレーニング経験とともにトレーニング強度も比例していなければならない」。分かりやすく言い換えると、同じレベルの運動をして最初は成果が出たとしても、どこかで成果が頭打ちするポイントがやって来てそれ以上は同じトレーニングを継続したとしても身体は変化せず、それ以上の変化を望む場合は、トレーニングの強度をあげる必要がある。つまり、ボディラインはトレーニング時間でなく、トレーニング強度に依存します。

トレーニング強度をあげる方法として、トレーニング時間を増やすという方法もあるのですが、トレーニングを開始すると直後からストレスホルモンが分泌されて身体の機能を落としはじめます。その為、長くとも90分以内のトレーニングが望ましく、それを超えた時間のトレーニングは内臓の疲労や関節の怪我のリスクが大きくなるため、現実的には、トレーニングの負荷を上げ続けることとなり、その負荷に伴って適応しようとする身体反応がボディメイクなのです。

そのため、平たく表現するなら例えばランニングの場合、より早く走れるほどに身体が変化していきます。下半身は特にその反応が顕著で、だんだんと浮腫にくくなったり、上級者になるとほとんどむくみを感じるシーンがなくなります。ですので、「今回、早く走るぞ」という意識も必要ではあるのですが、自分の身体能力の限界を超えて無理に負荷をあげようとすると、フォームが崩れたり筋代償もおこりやすいため、たとえランニングで強く地面を蹴ることが出来ても、着地の際に支えるのは小さな関節周りの筋肉群であり、関節に負荷がより強く掛かり、関節炎等の怪我に繋がりやすくなります。ですので、実際には、フォームコントロール出来る範囲で、若干の脱力とともに運動をしていく必要があります。この「制御と脱力を兼ね備えた上での最大能力」に限りなく近づけるためにパフォーマンスの向上とウォーミングアップの意義があります。フォームや可動域も制御されている範囲であれば、同時に「怪我のリスク」も最小限に出来ます。ウォーミングアップはパフォーマンスの向上と怪我の防止のためにあるのです。

体温上昇の段階

ウォーミングアップには2つの段階があります。それは「体温を上昇させる段階」と「可動域を向上させる」段階です。まずは体温上昇について触れていきましょう。全身の運動をひとつの関節と筋肉の目線で見るというニュアンスはしばしば登場するので、少しずつ考え慣れていくと良いでしょう。最新の科学では「筋肉はより高い温度でより高いパフォーマンスを発揮する」ことが分かっており、筋温度が1℃上昇するごとにパフォーマンスは2〜5%向上することが示されています。

体温を上昇させるには、軽いランニングやサイクリングマシン等がオススメで、寒い季節や室内の温度が低い場合には少し着込んでおくと良いでしょう。トレーニング後の最大パフォーマンスには、最大心拍数の40%あたりで(ごく軽く汗ばむ程度)5分〜10分程度の有酸素運動をします。個人差もありますが最長でも15分までとし、それ以上のウォーミングアップにおける有酸素運動は、トレーニングパフォーマンスを低下させる可能性があります。体温が上昇しつつも、なんだか調子の上がらない日にはウォーミングアップが長くなりがちですが、フィーリングとして体温は上がるが疲れない程度と考えておきましょう。

いきなりランニングをすることに抵抗のある方は、屈伸や軽い伸脚などを数度してから、ランニングをすると良いでしょう。ボディメイク理論は万人のためにありますが、あなた自身のフィーリングはあなたの身体に最適なものであり「違和感がある」「疲れが残っている」「今日は調子がいいから頑張れる」など、このような体感は概ね正確なことも多く、関節の微細な不調などを逃さずキャッチしてそう感じることも多いものです。無理をする必要性はなく、安全に配慮することはもっとも重要なことなので、あなたの感覚を最優先にし、敏感に感じ取るように意図すると素晴らしいです。ボディメイクの世界では慣れてくるとこの感覚を見逃しやすく、いつもどおりに運動をしてしまうことで、手首や肘を痛めてしまう等の現象はあるあるで、たった一日の無理でその後1ヶ月のトレーニングを治療に当てることになるともったいないものです。重ねて、安全への配慮は最大限取りましょう。

話を元に戻して体温上昇についてのテクニックとして、ジムにシャワー等が設置されている際には、運動前に8〜10分程度のシャワーで同様の効果も得られます。早朝のトレーニングなど体温が下がっているときには、有酸素運動よりもシャワーで体温をあげる方が良い場合もあるので、シャワーや入浴も有効活用しましょう。10分以上など長く入浴すると、リラックス効果が出て帰りたくなってしまうこともあるので、入浴の長さには配慮も必要です。

可動域を向上させる段階

体温上昇が成されたら、次は可動域を向上させる段階です。ここでは一般的な静的ストレッチや動的ストレッチ、またはフォームローラーなどを駆使して、5分から10分程度身体をの柔軟性を高めていきます。学校などでは体操のあとにランニングをする習慣もあり、軽く運動をしてからストレッチをすることに慣れないこともあるかもしれませんが、筋温度が高いほど、筋肉の柔軟性も向上し、ストレッチ効果も高まると考えると、まず体温をあげてからストレッチをする順番のほうが、筋肉の柔軟性と可動域の向上がある程度高まっているため、よりストレッチ効果が高いこともイメージ出来るのではないでしょうか。逆の手順で体温が充分に上がっていない状態だと、筋肉や関節を柔軟に緩めることが難しいことが感覚として掴めてきます。この筋温度が高いほどストレッチ効果が高まる原理を活用しているのが「ホットヨガ」で、柔軟性の向上に対し理に適ったものです。ちなみに準備運動としてのホットヨガは10分以上になると疲労しすぎるため、アフターケアとしての活用が良さそうです。

可動域を向上させるためのストレッチは、その後にするトレーニングや個人の好みなどもあり、一概にこの種目が良いというものはありません。色々な静的ストレッチや動的ストレッチを試して、フィーリングの良いものを活用していきましょう。静的ストレッチであれば、1種目あたり20秒ほどかけてゆっくりと筋肉の伸ばしていきます。また、運動前の静的ストレッチはトレーニングパフォーマンスを低下させるという通説もありますが、これも20分程で元のレベルに戻ります。しかしながら直後は若干のパフォーマンス低下があるので、トレーニング前のウォーミングアップ時には、自身の最大可動域のなかでストレッチを行うようにし、柔軟性の向上など意図して自己限界以上に筋肉を伸ばさないようにするほうが賢明です。ウォーミングアップでは可動域をあげて動きやすくすることが目的であり、最大可動域を広げて柔軟性をあげるのは、ホームケアで成すようにするとどちらも良いところが取れるでしょう。ウォーミングアップ時の、筋肉の可動域と柔軟性がアップすることで、トレーニングのピークパフォーマンス(その日の身体能力の最高点)に寄与します。

トレーニング内容に合わせたウォーミングアップ

体温をあげる段階は、どのトレーニングも共通ですが、可動域を向上させる際のストレッチ部位やウォーミングアップの内容は、先述のとおりその後のトレーニングに合わせて調整すると更に効果も高まります。例えばランニングの際には、通常の伸脚や屈伸、肩甲骨のストレッチ意外にも、アキレス腱(ふくらはぎ)のストレッチや、足の指のストレッチ、股関節をぐるぐると回すのも有効です。個人的にはアキレス腱は軽くジャンプなどをして、地面の反力をアキレス腱に上手に乗せるようにようにすると、足裏から膝裏、腿裏、そしてお尻なでの背面ラインの弾性が向上し、走るスピードにアキレス腱の反射も上手く乗せられるようになります。ランニングという運動は「走ることで前に進む」イメージを持たれがちですが、より正確に表現すると、「地面を蹴ったときの反力で小さくジャンプを連続する運動」であり、このとき身体が前傾しているので前に進むことが出来ます。そのため、早く走ろうとして足を早く動かそうとするよりも、「足裏、ふくらはぎ、腿裏、お尻」のバネ性を利用し地面を押すちからの反発させて、そこに脚力を乗せることで、より斜め前に連続ジャンプするようイメージすることで早く走る事ができます。そのため、ランニングの際には、地面からの反力を受ける、足裏や足指からストレッチをすることが有効なのです。

またスクワットなどの下半身のトレーニングをする際には、事前にランニングや屈伸などで下半身に血液が循環しやすい状態にしてからトレーニングをすると、トレーニング効果が高まり、下半身トレーニングでよくある立ちくらみ症状(休憩時に一気に下半身に血液が集まることで、上半身の血液が足りなくなる)も改善します。下半身トレーニングは血液を送り出す心臓からの距離が遠いため、充分に血流を高めてから行うことでトレーニング効果がアップします。下半身のトレーニングの際には少し入念にウォーミングアップをすると良いでしょう。

上半身のトレーニングをする際には、下半身ほどのシビアさはないので少々雑にウォーミングアップを考えて、運動のなかで負荷を軽めからはじめることでウォーミングアップを兼ねても大きな違いはあまりありませんが、いきなり大きなちから出すのは筋肉に良くないので、肩甲骨周りのストレッチを入念にしておくことと、上半身のトレーニングは何かを「掴む」局面がとても多いので、手首や前腕のストレッチを含めておくと良いでしょう。特に女性ではトレーニングによる負荷よりも、先に握力不足で掴めなくなってトレーニングが終了せざるを得ないことも多いので、握力=前腕のストレッチとトレーニングは意識して心掛けておきたいところです。

トレーニング時のフィーリング向上

トレーニングに入ったときにも、最初にフォームを確認したり、これから行う運動を軽めに行うことで、実際のトレーニング効果をあげることが出来ます。例えば、ランニングでは腸腰筋で膝をより高くあげ、その際に体幹のブレを最小限にして、また次の足の動きに移ったりと、ランニングの動きをゆっくりと行うことで、より理想的なフォームを確認し、理想的な筋肉の使い方を掴んだ上でランニングに入ることが出来ます。実際のスピードでは膝を高く上げたり、足首のちからを上手に使ったりと細かな筋肉の動きを意識することが難しくなりますが、スピードを落とすことでその意識付けができ、実際のスピードで行った際にも、フィーリングを確認していないときよりも、ほんの少し理想的な身体と筋肉の使い方に近づけることが出来ます。そのフォームを意識してトレーニングをすることで、トレーニング効果としても、より理想的なフォームに必要な筋力を付けることに繋がっていて、フィーリングセットにおいてフォームを確認し、実際のスピードで改善することを繰り返すことで取り組む種目の能力が向上します。

また、パワーにおいても同じことが言え、例えばあなたのレッグプレスの最高重量が100kgである場合には、60kg☓10回、80kg☓10回と段階的に負荷を上げながら100kgに挑戦することで身体の準備が整いますが、100kgに挑戦する際にも、10回からはじめようとするのでなく、まず1回から3回だけ試してみるフィーリングセットを挟むことで、10回行うことがスムーズになることがあります。パワー系のトレーニングまで到達した方への話ではありますが、例えばバストアップの代表種目であるベンチプレスの最高重量に挑戦する際にも、「バーからほんの少し持ち上げるだけ」のフィーリングセットを行うことでも身体が重さに対応します。

ランニングやウェイトトレーニングに限らず、あらゆるトレーニングにおいてフィーリングセットを行うことは、トレーニングパフォーマンス向上やフォームの理想化においても、高い効果を発揮します。

まとめ

ボディメイクはトレーニング時間よりもトレーニング強度に依存する

ウォーミングアップはパフォーマンス向上と怪我の防止に寄与する

ウォーミングアップは「体温の上昇」と「可動域の向上」がある

「体温の上昇」段階では有酸素運動を5分〜10分程度行う

「可動域の向上」ではストレッチを1箇所あたり20秒前後として合計5分〜10分程度行う

ウォーミングアップの内容はトレーニングの内容で調整する

本格的なトレーニング前にはフィーリングセットを行う